| おやじの涙 |
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高校の運動会での出来事を、昨日のことのように思い出す。田舎の高校の運動会はお祭り騒ぎだった。私は当日、1500m競争に出場することになっていた。三周目くらいまで五番目に位置し、様子をうかがっていた。四周目に入ったとたん、スタンドから、入れ歯をガタガタさせながら大声でわめいている男が目に入った。「行け行け、一番になれ」と叫んでいる。おやじだった。あれほど運動会に来るなと言っておいたのに。貌が焼け付くように火照った。恥ずかしさと決まりの悪さで、おやじから少しでも遠ざかるため、私は思いっきりスピードを上げ、何人か抜いていた。 おやじはスタンドの最前列に身を乗り出して、懸命にわめいている。今まで一度も学校になど顔を出さなかったおやじが、なんということか。なりふりかまわず大声を上げて応援しているではないか。第三コーナーでついに先頭をとらえゴールした。おやじが涙を拭いているのがわかった。 昼食の時間になった。スタンドのテントの中で、おやじは一升徳利を持ち、だれかれなく焼酎をつぎ回っていた。「たいがいにして帰ってくれよ。」おやじに頼んだ。「何ば言うかい。おまえが一番とったのはこれが初めてばい。うれしかったい。一番ばい。一番ばい。」と言いながら湯飲みでぐいぐいやっている。 運動会が終わった。スタンドのテントの中に老人が一人で寝ていた。おやじだった。私は友人たちが見守る中、おやじを背負って帰路についた。ものの1キロも歩いた頃、正体なく眠っているおやじが「一番だったぞ!」とつぶやいた。首筋に生暖かいしずくがツーツーとかかった。おやじは夢の中で泣いていた。恥も外聞もなく、衆人環視の中で一升徳利を振り回して応援してくれたおやじが急にいとしくなった。生暖かい首筋の感触が体中に広がり、不覚にも涙ぐんでいた。 運動会シーズンが来るたびに何の取り柄もないおやじの最初で最後の応援、そして私の一生一度の一番を思い出し、胸が熱くなる。 おやじよ、ありがとう |