| 天国の母へ (井上康夫気迫の金メダル) |
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母親と一緒に、表彰台の一番高いところに上がった。見てくれよ母さん。胸の金メダルを。亡き母・かず子さんの遺影を胸に抱きながら、揚がる「日の丸」を見つめる井上は、満面に笑みをたたえた。 決勝の相手ギルは、組み手をなかなかとらせてくれない。多少じりじりする時間が過ぎた2分9秒、十分な組み手となった瞬間、右からの内またが一閃。完ぺきな技でギルを豪快に畳に叩きつけた。その瞬間、大きな感動がシドニー展示場ホールを包んだ。叫び、拍手、涙・・・。初めての五輪の重圧は強い精神が吹き飛ばした。 最初から最後まで自分の柔道を貫いた。2、3回戦は開始18秒と16秒。"秒殺"の一本勝ちだった。4回戦、決勝も攻めつづけ、すべて一本勝ちという完勝だった。「とにかく、一本だけを狙っていた。母に最高のプレゼントができました」 一年前までは、天才的な強さの反面、ポカで一本負けするもろさもあった。だが、昨年6月21日、母・かず子さん(享年51歳)をくも膜下出血で亡くした。柔道家の父・明さん(52)に殴られても、家にはいつもやさしく受け止めてくれた母がいた。「勝て」と叱咤してくれた母が好きだった。 葬儀の日、火葬場で「オレも一緒に焼いてくれ」と取り乱した父を、柔道の師でもある父を、大声で初めてお前呼ばわりした。「バカヤロウ、お前がそんなんじゃ、母さんが心配するだろ。みんなつらいんだ」。その日を境に柔道からも甘さが消えた。母の死が井上を変えた。 五輪イヤーとなった今年から、母の指輪で作った形見のペンダントは持たなくなった。世界選手権までは母の霊に助けてもらったが、今度は自分が母に金を捧げる番だったからだ。 母の夢と自分の夢をこのシドニーで果たした。この日、21日は月命日。やっぱりどこかで母は見ていてくれた。 |