私とお父さんは素敵な仲やったの

 主人の父が昨年7月梅雨も空けやらぬ日、94歳で逝きました。
亡くなる20日前の事、父自ら、しんどいから入院するといいました。二男の主人の所へ連絡が入り見舞いに行くと、とても顔色も良く食事も普通にとり、会話もでき、ベッドから起きたりもしていました。
 ところが亡くなる3日前から食事ができなくなり、点滴になったと知らされ、ひょっとするとダメかも知れないと、私と主人はとんで行きました。もう口に酸素マスクがつけられ、目は閉じていました。けれども意識はあり、呼び掛けたり、手を握ると握り返してくれて、ああ生きてくれていると安心いたしました。この日は一日中雨で、帰り道、主人の父との別れの涙のように感じるね、と話しながら戻りました。本当にこれが最後の別れの日になりました。
 父の妻である母は84歳ですが、気丈な人で、延命処置はしないで下さいと医師に言いました。父は病院のベッドで、母と兄嫁に看取られて、自然に呼吸を止めました。母は苦しまず眠るように逝ったことが本当の人間の死として、喜ばしいことだと申しました。そして母は、告別式の日、笑顔で私達身内の前で言いました。
「私とお父さんはね、3ヶ月前から素敵な仲やったの。毎晩お父さんがな、お布団を広げてな、こっちへ来るかと言うの。私もおじゃましますゆうて、お父さんのお布団に入れてもらうの。こんな年やもん何も変なことしないけど、ただじっと抱き合って寝てたんよ。そやからお父さんとは別れが近いやなって感じていたんよ。」
 一同シーンとして、すぐじーんときて、涙があふれてきました。でも母はまた嬉しそうな笑顔をして、
「私はお父さんと入院する前の晩までずーっと一つお布団の中で結婚生活の思い出話をしたり、肌のぬくもりを感じ合ってとってもいい仲やったの。幸福やったの。お父さんと最後まで仲良く別れを迎えられて嬉しいの。」
 と、涙も見せずに言いました。皆こんな夫婦になりたいね、なろうねと言い合いましたが、そう言わしめる、父と母の最期の別れ方に感動してしまいました。また、母がお父さんが一番いい顔をしているのよ、と言う遺影は、なんと胸にオリタタミノ傘をだいているじゃありませんか。告別式は、まさしくすごい雨となり、あんまりにも父の写真の胸に抱いている傘がぴったりで、皆で微笑んでしまいました。これで、あの日は雨だったということを忘れないと思います。