父への手紙

   あれは、五月にしては肌寒い、通夜の時の出来事でした。
 突然の主人の《死》という現実が信じられず、ただぼう然と葬儀屋さんの言われるままに動いていた私に「お棺の中に入れたいものがあれば入れてあげてください」と言われ、私は主人が愛用していた品と共に、主人宛の手紙を書いて入れました.そばに座っていた娘にも「朋ちゃんも手紙書く?」と聞くと、コクッと頷き、手紙を書きに席を離れました。
 年老いた主人の親を先に休ませ、皆が寝静まった中で一人、ロウソクと線香の火を消さないようにと、柩の前に座っていた私に「お母さん、これ入れといて」といって《お父さんへ》を書いた手紙を持ってきました。
 「じゃあ入れておくから、朋ちゃんは寒いからもう寝なさい」と休ませました。
 生前の主人は子供にとって、決していい父親ではありませんでした。肝臓が悪く、お医者さんから酒やタバコは止められているにも関わらず、退院した退院したその日からお酒を飲み、飲むお金がなくなると、子供が大事に貯めていた貯金箱の中からお金を出してまでお酒を買いに行くということを繰り返していましたから、多感な年頃の子供はそんな父親を避けるようにしていました。
 シーンとした部屋の柩の前で、子供から手渡された手紙を眺めながら座っているうち、《朋子はお父さんに対して、どんな想いをもっていたのだろうか》と気になりはじめ、悪いことと思いつつ、そっと開いて手紙の文面を目で追いました。
 『お父さんへ、お父さんは勝手なことばかりして、最後の最後まで私の楽しみを取ったね。今日私はお母さんとCDを借りに行ったり、本屋さんに連れて行ってもらう約束をしていたんだよ。ずっと前からとても楽しみにしていたのに・・・。でも私はお父さんのこと大好きでした。お父さんの子供でよかったと思っています。お父さん、生まれ変わったら元気な体で生まれてきて、お酒を飲んでも入院しなくていい人でいてください。  朋子』
 父親に対して随分と嫌な思いをしてきた娘が《お父さんの子供で良かった》と書いてある手紙を読みながら、私は胸が詰まり、涙が止まりませんでした。
 《お父さん良かったね、あなたの娘があなたの子供で良かったと書いているよ。安心して安らかに眠ってください》と、仏になった主人に、涙ながらに心の中に語りかけました。
 素直に育ってくれた我が娘。あなたは私に、すばらしいことを教えてくれました。
 あれから3年余りの歳月が過ぎ去りましたが、あのときの感動は私の灯りとなり、今なお鮮やかに燃え続けています。