| 盟友 |
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今から8年前に、現在の事務所に移転してきたときのことを思い出した。条件は良いが、予算の倍もする家賃の物件をどうするか悩んでいた。ふっと、会社経営は、少し背伸びする位がちょうど良い。と書いてあった本を思い出した。「どうする、武田君?」「何とかなりますよ。斉藤さん。」私達5人は、新しい事務所に移転したが、ずいぶん広すぎる感じがした。そのがらんとした広すぎる事務所で、毎晩遅くまで、武田君と二人で会社の将来について語り合った。心配性の私を彼はいつも励ましてくれた。そして、最後にはいつも、「そのうち年商10億はやりましょうね!」と熱っぽく語ってくれた。 それから半年経って、本部の主催するキャンペーンで、私と武田君がアメリカ旅行に入賞した。早速、武田君に話したところ「斉藤さん、行って来てください。僕はその間に肝臓の手術をしますから、なあに今回の手術は、盲腸の手術と一緒で一週間で退院できるらしいんです。斎藤さんが、アメリカから帰ってきた時には、もうピンピンしていますから。」私はアメリカ旅行中、気になって、早速病院にかけつけたが、彼は元気な顔で「まだ手術をしてないんですよ、豚は太らせてからきるつもりなんですかね。」などと冗談を言っていた。2〜3日して手術があった。手術後、日々回復に向かっているようであったが、ある日突然、様態が悪くなった。それから、どんどん悪くなっていった。 私は毎日お見舞いに行ったが、その日の夜は、特に苦しそうだった。ようやく息をしているようだった。私は、彼の手を握って、「武田君、今が頑張り所で、ここを乗り越えれば必ず良くなる。」すると、彼が苦しそうに「斉藤さん、今日は面接だったけど、いい人入りました?」「うん」というと「若い人がたくさんきてくれるといいですねー。」と言った。私は、思わず涙がボロボロ出て「武田君、早くよくなってなー。それでよい会社作ろうな、一生二人で働こうな。」というと、彼も涙を流しながら、「斉藤さん、ありがとうございます・・・。年商10億やりたいですね。」息切れぎれに言った。その翌日、彼は息を引きとった。45歳という若さだった。私が帰った後に、「斎藤さんが、一生一緒に働こうと言ってくれた。」と喜んで奥さんに言ったそうだ。 あれから8年が過ぎた。武田君と約束した10億には、まだまだ程遠い。でも、若い人たちが入社し成長してくれている。その内、武田君との約束も果たせると思う。私には、会社のどこかでいつも武田君が見守っているような気がしてならない。 |